KIRO UEHARA


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2018年11月 木呂個展 (ACT : アートコンプレックスセンター, Tokyo)
過去イベント ギャラリートーク 「椹木野衣『反アート入門』『日本・現代・美術』を語る」の様子
上原木呂 「色彩抽象とCandy POP」 麻布十番ギャラリー にて

自薦作品

写真:風間忠雄


展覧会風景

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 年譜 ショート
1948年生まれ。東京芸大、美学校出身。
2010年 マックス・エルンストと二人展(ドイツレーゲンスブルグ私立美術館)
2011年 エルンスト、ヤン・シュヴァンクマイエルと三人展(東京アートコンプレックスセンター)
2014年 上原木呂展(河鍋暁斎記念美術館)
2016年 10月 マックス・エルンストと二人展(軽井沢ニューアートミュージアム)
2016年 12月 INK ASIA (香港:書家井上有一と共同展示)
2017年 1~2月 水墨抽象 (軽井沢ニューアートミュージアム Gallery 1)
2017年 4月 2017年 4月 水墨抽象 (ホワイトストーンギャラリー台北:具体の作家白髪一雄、吉原治良、元永定正や井上有一、リーウーハンと共に特別展示)
2017年 6~8月 Crisscrossing East and West: The remarking of Ink Art in contemporary East Asia (中国MOCA:銀川現代美術館: 水墨抽象の大作を展示)
2017年 8月 Candy POP (ACT :アートコンプレックスセンター, Tokyo)
2018年
1月31日~2月
語る抽象画展 (ACT : アートコンプレックスセンター, Tokyo)
2018年
3月21日~4月1日
個展(ギャラリー Hana, Tokyo下北沢)
2018年
5月16日~28日
個展Candy POP と色彩抽象 (麻布十番ギャラリー,Tokyo)
Following Exhibition
2018年 11月 木呂個展 (ACT : アートコンプレックスセンター, Tokyo)
 年譜  
1948年 10月23日、新潟県西蒲原郡(現・新潟市) 竹野町に生まれる。明治創業の造り酒屋の長男で、本名は上原誠 一郎。四代目蔵元の父・誠は芸術を好み、古陶磁器のコレクターでもあった。母・友枝は江戸時代からの薬製造業者の次女で、 実家にはかつて禅師の書や日本画を所蔵。誠一郎はそうした伝統的な芸術作品にかこまれて育った。
1955年 竹野町小学校に入学。4年生のとき、新潟大和百貨店でのヴァン・ゴッホ展を見て感動し、カタログにあっ た全作品を水彩絵具で模写する。授業で習ったフロッタージュやデカルコマニーに熱中。市立白新中学に進んだ。
1964年 県立新潟高校に入学。美術部で油絵を学び、サルバドール・ダリの「記憶の固執」や岸田劉生の「麗子像」 を模写。龍口修造の書物に触れ、シュルレアリスムに興味をもつ。詩作もはじめた。
1967年 東京芸術大学美術学部芸術学科に進学し、東京に住む。大学紛争のさなかで、入学式の日に2年上級の同学 科生・北川フラムがアジ演説をしていた。美術史の講義でヴァザーリ『美術家列伝』の原文に触れてイタリ ア語に魅かれ 自 習する。実技は彫型専攻。「人形劇団ふうふう」に入団し、紙や木によるギニョルや小道具の制作に没頭する。人形劇公演『不思議の国のアリス』で操りと歌を担当。銅版画の手ほどきを受けて制作しはじめた。
1968年 美学校に入学し、立石鉄臣の細密画工房へ通う。10月に東京芸大を中退。日本橋南画廊の『マルセル・デ ュシャン語録』出版記念展で同書の著者・灌口修造とはじめて出会い、自作の詩を見てもらう。「サルガッソ海少年少女派遣隊」 のパフォーマンスに参加し、毎週末に都内各所でひとり人形劇と前衛ダンス。画家の篠原佳尾と知りあい、龍口修造のアトリ エに出入りしはじめる。このシュルレアリストのコレクションの整理・修理や画材の買物や庭掃除などを手つだい、瀧口家の 「ノアのオリーヴ」の塩漬瓶詰をつくった。三子の言家・矢野真と詩人・道子の夫妻を知り、後者の兄・澁澤龍彦とも出会う。 しあわせな交遊の日々だった。
1969年 11月に唐十郎の「状況劇場」を訪ね、同劇団に加わる。ともに入団テストをうけた根津甚八や大月雄二郎と 交友。年末に渋谷金王神社で『少女都市』の舞台に立ち、四谷シモンと掛けあいで唄を歌った。
1970年 3月末に同劇団を説退。美学校を卒業し、東京芸大の聴講生になって解剖学や生物学、顔料組成を履修。矢 野真のデザインによる人形劇『兵士の物言』に室力。芸大の同期生を中心とした「芸術マリオネット劇場」を主宰し、『マヤの サーカス』を作・演出する。
1971年 龍口修造、種村季弘らに幸筆を依頼して限定本『マリオネット』を刊行。
1974年 邦訳の出たマックス・エルンストの『百頭女』にはじまる「コラージュ・ロマン」三部作を見て襲撃をうけ る。「芸術マリオネット劇場」解散。博身経三幸言を季くすべての絵とデッサン、人形などを故郷の河原で焼く。過去の創作と人 間関係を清算してヨーロッペへと発つ決意をした。
1976年 12月31日にイタリアに着く。同国の方言とニンメーディア・デッラルテを学ぶ予定だったが、日本人のダンス・ユニットに加わり、到着3日後にはペレルモでニンテンポラリーを踊っていた。
1977年 ピッコロ・テアトロ・デ・ミラーノのアルレッキーノ役者アンジニロ・コルティに師事して道化演技を学ぶ。 同劇場の振付師マリーザ・フラッシュにクラシック・ダンスや民族舞踊やマイムを習う。
1978年 ローマでエンリコ・ヴィンチェンツォ演出の『ザンニの春』に出演。道化師役ではじめての仮面演技だった。
1979年 アウレーリオ・ガッティ、ヘル・ヤマノウチとともに「ミモ・ダンツァ・アルテナティヴオ」に加わり、イ タリアからスイスやドイツへも巡業。映画作家フェデリコ・フェリーニと知りあう。テレビのヴァラエティ番組に起用され、 フェルッチ・カステルヌオーヴオと道化師ペアを組んで出演した。龍口修造逝去。
1980年 ヴェローナの古代アレーナでオペラ『トウーランドット』のダンスを踊る。フェリーニの映画『ジンジャー とフレッド』の撮影に3か月つきあい、その映画作法をまのあたりにした。
1981年 ローマのテアトロ・オリンピョで「上原木呂リサイタル」開催。
1983年 ローマのコンヴェント・オクパートで「道化教室」をひらく。このころから映画やテレビ、CMなどにたびたび出演した。主な映画に『キリマンジェロの秘宝』『ファンタジア』など。
1988年 父の病状悪化により、5月に帰国して新潟へもどる。フェリーニから餌獲別にデッサン「道化師トトの肖像」 を贈られる。サン・レモでめぐりあったレーゲンスブルク出身の若い画家アンティエ・グメルスも来日し、やがて新潟で結婚。 冬期仕込の酒造りをはじめる。 1989(昭和64)年 8月、東京人見記念講堂でのYAS-KAZ演出『月の蓮』で山口小夜子、勅使河原三郎、メリッサ・リン グ、ロクサーン・スタインバーグと共演。
1990年 2月に父が死去。誠一郎は五代目蔵元となる。8月、角田山麓で仏教セレモニー「安穏法会」と、岩屋前での ダンスを演出。フェリーニから応援メッセージが来た。10月に古典的技術による木綿捧酒を発売。11月には名古屋市美術館で のグループ「7」展にカマイユ技法の油絵2点を出品した。
1991年 9月、バルセロナに画家アントニ・タピエスを訪ねる。新しいアート・オーガニゼイションの命名とシンボル マークのデザインを依頼したところ、その場でカタルーニャ語の《Les ales de laterra》 (土の翼) という名称と、手描きの マークを贈られた。灌口修造をめぐる思い出話を聴き、アトリエに招かれる。10月にはローマのカッフェ・カノーヴァでフェ リーニと再会。「白い道化師」のデッサンを贈られるが、4か月後にフェリーニは亡くなった。
1992年 トリーノの自動車デザイナー、ジョルジェット・ジウジャーロのデザインによる白磁酒器を限定販売。ローマ の国立近代美術館とヴァティカーノ博物館に所蔵される。この年、ダダカンこと糸井貫二との交流がはじまる。
1994年 新潟市芸術文化振興財団の依頼でアート・プロデュース講座の演劇部門講師となる。12月に全国初の地ビー ル醸造免許を取得し、エチゴビール醸造所、ついで上原醸造研究所を開設。
1995年 4月、16世紀の船上発酵型のオーシャンエールまたは大航海ビールを企画。シアトルからハワイ経由で淡路島までビールを運び、テレビで紹介される。
1997年 筑摩書房より著書『ビールを情論しむ』を刊行。 1999(平成11)年 10月に横尾忠則のデザインによるポスター4種、清酒とビールのラベル・カートンを発売。翌年には「上原 コレクション・横尾忠則展」を新潟コズミックビルで催した。
2004年 初のコラージュ個展「幻獣図絵」を新潟絵屋で開催。種村季弘序文。新潟握画廊での「篠原佳尾展」もオーガナイズする。
2005年 龍口修造のテクストとアンティエ・グメルスの版画による詩画集『夜曲』を制作し、現代企画室より出版。 銀座スパンアートギャラリーの種村季弘著 『断片としての世界』出版記念展にコラージュ出品。篠原佳尾死去、追悼展の企画 を立てる。
2006年 バルセロナのミロ財団美術館のマリア・クルピック館長の依頼で、ミロと瀧口との書簡や寄せ書きの収集活 動に協力。
2008年 1月、仙台に糸井貫二を訪ね、「ダダカン裸儀」を撮影。4月、新潟のギャラリー蔵織でコラージュ展「怪 物のユートピア」をひらく。国立プラハ美術館の上方浮世絵の収集・整理に協力。9月、「鬼放展ーダダカン2008・糸井貫二 の人と作品」を企画制作。第1会場はアーチストスペース Ginza Ga11ery、第2会場は高円寺 Para GLOBE。浅草木馬享でシン ポジウムも開催した。
2009年 1月、ギャラリー58の「篠原佳尾展一東京ローズ・セラヴィの方へ」をオーガナイズ。巖谷國士著「メルへ ン・透視・錬金術ーアンティェ・グメルスの旅』の企画・編集に協力。6月、新潟のキャラリー・フルムーンで、コラージュ展「時の万華鏡2009」をひらく。
2010年 2月よりコラージュ連作「アングルとへッケルのための変奏主とフーガ」3月にはナシモト・タオ。 よるダンス・パフォーマンスのDVD「鳥姫ーマックス・エルンストに奉げる」を制作・演出・振付。山田聡子とともに出演もした。 「上原木呂とマックス・エルンストーシュルレアリスム東と西」()
2011年 新潟市民劇能楽堂にて「鳥姫」「秋妖記」を演出振付。
「ヤン・シュヴァンクマイエル、マックス・エルンスト、上原木呂―魔術★錬金術」(The Artcomplex Center of Tokyo)
『眼球國譚』(画:上原木呂 文:アンティエ・グメルス)出版
2012年 個展(砂丘館、新潟)
2013年 個展(砂丘館、新潟) 個展「妖怪くん大集合!」(新潟市巻郷土資料館)
「四谷シモンと仲間たち・お唄ショー」(新潟県民会館)の演出、舞台美術、出演。
2014年 「上原木呂コラージュ作品展」(河鍋暁斎記念美術館、埼玉)本格的に抽象画の制作を始める。
2016年 「上原木呂2016 シュルレアリズム・抽象表現主義・仏画と書」(The Ancomplex Cemer of Tokyo) 「シュルレアリスムとその展開 マックス・エルンスト 上原木呂 特別招待:ヤン・シュヴァンクマイエル」(軽井沢ニューアートミュージアム)
2016年 10月 マックス・エルンストと二人展(軽井沢ニューアートミュージアム)
2016年 12月 INK ASIA (香港:書家井上有一と共同展示)
2017年 1~2月 水墨抽象 (軽井沢ニューアートミュージアム Gallery 1)
2017年 4月 2017年 4月 水墨抽象 (ホワイトストーンギャラリー台北:具体の作家白髪一雄、吉原治良、元永定正や井上有一、リーウーハンと共に特別展示)
2017年 6~8月 Crisscrossing East and West: The remarking of Ink Art in contemporary East Asia (中国MOCA:銀川現代美術館: 水墨抽象の大作を展示)
2017年 8月 Candy POP (ACT :アートコンプレックスセンター, Tokyo)
2018年
1月31日~2月
語る抽象画展 (ACT : アートコンプレックスセンター, Tokyo)
2018年
3月21日~4月1日
「上原木呂 Candy Pop展」Gallery HANA Shimokitazawa
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